聞きかじり説経の歴史

起源

そもそも説経節の起源とは……などと気取ってみたところで、はっきり何年に発生したとは言えないのです。

中世以前の記録は貴族や天皇に関したものしか残っていないのです。
その後、武家の時代になれば武家の記録はあります。
しかし、庶民に関した文章などはまずありません。
おそらく、髪や筆、墨などが非常に高かったでしょうし、
第一、文字を書ける庶民などいなかったと思われます。

説経とは

説経とは文字どおり経典を説くことで、お経を解説することです。
当然僧侶の仕事です。
よく引用される平安時代の「枕草子」三十一段の中に、
「説経の講師は顔よき。講師の顔をつとまもらへるこそ、その説くことの、たふとさもおぼゆれ」
(説経する講師は、顔の美しいのが良い。説経師の顔をじっと見つめ続けていてこそ、その説経の尊さも自然と感じられるものだ)
まことに正直なコメントです。
しかし、その説経が現在の説経節に直接つながって行くかと言えば、それは違うと思います。
おそらく現在のいわゆる鬟、講談、落語につながるのでしょう。
ちなみに講談、講釈は仏教用語で説経の異名です。
ただ、枕草子の引用でもわかるように仏の教えの布教であると同時に聴衆の娯楽的欲求を満たしていたのだと思います。
それは話芸として芸能化し始めていたことを思わせます。
枕草子は1000年(長保二年)頃の作品と言われています。
10世紀後半から11世紀にかけて説経師の話芸、技術は聴衆を満足させるためにかなり高度な技巧を持ち始めたようです。
ですから枕草子三十一段後半で出てくるように王朝時代の有数な娯楽になっていたようです。
平安時代の文学作品にたびたび説経師のことが出てきます。
(「今昔物語」「栄華物語」「大鏡」などなど)
説経師は当時のスターであったことは確かなようです。